わたしの「ふつう」

普通に優しくしたかった。


 涙流してるなら、ハンカチ差し出して、隣にいたい。

 寂しそうにしてたら、手を繋いで、お話ししたい。

 言葉が必要なら、その言葉をあげたい。 

濡れて困ってたら、傘に入って一緒に帰ろう。 

ただすること。

理由なんてない。


 ただまっすぐに頑張りたかった。 

 楽しそうだな。やってみたいな。 と思ったら

ただ、夢中になってやってみたい。 

上手になったら楽しい。

 喜んでくれる人がいたら嬉しい。

 他の人が頑張ってるのをみるのも楽しい。

 それだけ。


でも、それをすると

なぜか、周りと馴染めなくなることがあった。

(っていうか、馴染めたことあったかな。)

幼稚園と、小学校の低学年の時は

あんまり行けなかった。


「変な子だ」

「子どもらしくない」

「いけすかない」

「一人目立って」


と、私じゃなくて、いつも

「母が」辛い思いをしていた。


「あなたのお子さんはおかしい」

先生に呼び出されたこともある。

クラスメイトのお母さんたちに無視されたこともあるそうだ。


そんなことを

私が大きくなるまで黙っていてくれた。

初めて聞いた時、本当に本当に悲しくて、悔しかった。

あれだけが本当に嫌だった。


私が「私の普通」でいることを、母は昔から受け入れてくれてるし

普通だと思ってくれている。

でも、どこかで悲しい思いをしていた。


高専に行って、自分が、まだまだで、全然ダメなことを知って

そして、頑張ったら一緒に喜んでくれる友達ができて、すごくホッとした。


社会に出たら、頑張りが成果や評価に直結するので

これはいい。「頑張って良い」というのは素晴らしいと思った。

でも、出会った人とじっくり関われることがなくなって、寂しかった。

「期待しているから」と巧みな言葉で搾取しようとする人もいた。

頑張っても頑張っても、自分が自分でいる感覚はなかった。

いつもヘラヘラしたキャラを心がけた。

相手を思ってかけた言葉に、とんでもない反撃を食らって落ち込むこともあった。


今、私はいくらでも頑張っていいし

いくらでも優しくしていいはず。

好きなようにしていいはず。


どんなに一生懸命やったって足りないほどの

すごい仲間たちも周りにいる。



小さな頃の、行き場なく佇んでいる私を迎えに行って

「もう大丈夫だよ」って伝えて

安心させてあげて

歩き出す時が来ているんだと思う。

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